どんぐりJAYA・のほほん
もう20年近く前のことである。ある銀行マンが、とある山のペンションへ友人と一泊旅行に行くことになった。しかし、当日は大雪、友人はキャンセルし、
仕方なく一人で雪の宿を訪ねた。「迷惑かな?」と思ったが、その宿はその日たった一人のお客のために、暖かい部屋、温かい手料理を用意して、にこやかに迎え入れてくれた。
そこは塚原高原というところで、樹木がたくさん茂っていた。数年後、思い切ってそこに土地を買い、小さな家を建てた。週末はそこに泊まった。金曜日になると午前中からわくわくした。「今日の夜は山だ!」午後には、もう落ち着いて仕事ができないほど、だった。
『松下さん、自然の素晴らしさは一瞬よ』
塚原で知り合った方がふと口にした。なぜか心に残った。それまで、社内での出世競争に燃えていた自分が山に
来るようになって、少しづつ変わっていった。「本当に人生、これでいいのだろうか」
悩んだ末、50歳で早期退職。しかし、何をやるのかも決めてなかった。この先、どうなるのだろうか?家族を抱え、不安に押し潰されそうになった。
樹が好きっだ。美しい自然を見ると、それがたとえテレビの画面に過ぎなくても涙があふれてきた。職場の先輩が言った。
『そうだなぁ。何にも特殊な技術をもっていないんだから、田舎で宿でというのは面白いかもしれないなぁ』
『なるほど、宿か』樹がたくさんある塚原に行こうと思った。
山での悠々自適な生活に憧れる一方、この地で事業を興したい、自分の可能性に賭けてみたい、という思いがフツフツと湧き上がってきた。
宿を始めた。自分の新たな楽しみを知った。お客様に喜んでもらうことだ。そのために、いろんな工夫した。無理もした。走り回った。勉強をした。嬉しかった。
その後は、人望のある彼を求めて、様々な人が訪ねて来た。自分に出来ることは、みんな引き受けた。しかし、ちょっと頑張り過ぎたようだ。
近頃は、まだ果たしていないもうひとつの夢、悠々自適な生活に憧れを抱く。『自然の素晴らしさは一瞬』この言葉を彼はよく口にする。
少年の頃、田んぼが彼の主戦場だった。日が暮れるまで仕事を手伝ったり、遊んだり。
もしかするとあの雪の日も、どこかで心の中にある原風景の第二幕になる場所を探していたのではないだろうか。ここ塚原高原で活き活きと語る松下さんを見て、そう思った。
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